2020年を振り返る コロナ感染者ゼロの国 - その2

クック諸島の国境がクローズになって早くも10ヶ月が過ぎようとしている。


1月末より、日々コロナウィルスのニュースが耳に入るようになってきた。

当初は、数ヶ月で落ち着くだろう。

8月のホリデーシーズンまでには終わっているでしょう。

いや、クリスマスまでには、、、

私たちの期待は見事に延期延期で、2020年が終わろうとしている今でも

一向に数ヶ月先のことも想像できない現状。


世界でも数えるだけの国となった

コロナウィルス感染者ゼロの国の一つ、クック諸島。

自分自身の記録として残すつもりで、この一年を振り返ってみたいと思います。


1月末になりコロナウィルスがニュースで伝えられるようになった。

でも、私たちクック諸島住人の心の中では、中国やヨーロッパの話であり、

私たちには無関係のかけ離れた遠い世界のことのように感じられていた、と思う。


ニュージーランドが中国滞在歴のある旅行者の

入国を拒否するようになったというニュースが届く。

その後、イタリアからの旅行者も入国拒否されるなど、 刻々とアップデートされるニュージーランド政府のニュース&入国管理局のウェブサイトを 度々リフレッシュしながら、最新情報を探しながら仕事をしていたのを覚えている。


どこで、だれが最新情報を発表しているのか。

ダイヤモンドプリンセスクルーズのニュースも報道され人々の関心が集まる中、

いつ日本滞在歴のある観光客がNZの入国拒否対象になってしまうのか。

ドキドキしながらも、いや太平洋の私たちには関係ない話では無いか、とは感じていた。

旅行社で働く私たちには、欧米の旅行社からコロナウィスルに問い合わせが入ったり、

キャンセル連絡が届くようになり、あれ?これはおかしいぞと緊張が走るようになった。


2月3日には、首相のラロトンガ島にEmergency Task Force(緊急対策本部)が立ち上げられ

コロナウィルスが国に入ってこないように、各省庁が協力した体制ができた。

また症状が出ている人たちのケアをできるような簡易病院が設立された。

中国滞在歴のある人の入国拒否が始まった。

まだ日本を含む、その他の国からの渡航者に対する規制は始まっていなかった。


2月16日ラロトンガ島発で、2月後半に九州と東京を会場に開催される予定であった

夏季東京オリンピックのホストシティ交流プログラム。

このイベントに日本政府の招待で、クック諸島と日本をつなげる任務のために来日する予定であった ミスクック諸島、兼、ミスオセアニアのタージャさん。

日本に広がるコロナウィルスの状況にて、彼女の来日予定は

すべての手配が終了しているのにもかかわらず、出発日4日にイベントがキャンセルの連絡が入った。


これはやはり世界がおかしくなってきている。

私にも実感として感じた。


私自身は、日本からのメディア取材クルーの到着前コーディネート業務のため忙しくしていた。

果たして入国できるのか?ラロトンガ到着は2月26日午後、オークランド経由。

14日以内に中国での滞在履歴はありませんか、と確認したのを覚えている。


2月25日頃に、どうやら規制を広げる方針であるという方向の情報が入るようになり、

27日木曜日夕方に、クック諸島政府が日本を含む、中国(香港、台湾、マカオを含む)、シンガポール、韓国、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオス、イタリア、イランの

13カ国に過去14日以内に滞在したことのある渡航者の入国を翌日28日から拒否することを決定した。 (この時点では、14日間NZに滞在していた人は、入国はOKという内容であった)

もうすっかり、首相の緊急アナウンスメント放送をFacebookライブ、もしくはラジオで聞き

アップデートするということが日常生活の一部になった。


実は、翌日28日金曜日深夜に到着の日本人のゲストがいた。

日本の旅行社に電話し、入国拒否になることを伝えた。

そのカップルは東北の自宅から成田空港に向かう道中で、携帯電話にて旅行中止が伝えられることとなった。

私自身とても残念で、申し訳なかった。

でも、このバタバタとしたキャンセルはこれから数ヶ月続くということはその時点では想像もできなかった。


200点満点のアイツタキの天候に迎えられ、

メディア取材は終わり、帰国便も飛び、NZの入国規制もなかったので、

メディアクルーたちは無事に日本にご帰国いただいた。

今思い起こしてみたら、彼らにとって、クック諸島がコロナ以前のノーマルな時期に

滑り込むことができた最後の海外取材となったと思う。



3月になり、

業界用語でノーショー、予定していた便で到着しないお客さんが出るようになってきた。


オークランドまでの便も欠航する便が出て来たらしいよ。

ニュージーランドに到着するにも、香港空港をトランジットしていると入国できないらしいよ。

空港内トランジットで、入国していなかったらセーフみたいだよ。


刻々と変わる状況。

NZ政府の発表、ニュースの更新がいつあるのか、

そんな最新情報を確認しながらの仕事をする日々。

一体、どうなるのだろうか、と不安ながらも、いやクック諸島まではウィルスは届かないでしょう、と

どこかで皆感じていたと思う。

私たちは、世界の果ての島だから... ....


3月15日。

今夜政府の重大発表があるからニュースを聞くように、と噂が広まる。

ようやくこの日が来てしまったのか、とドキドキしながらラジオの前に待機したことを覚えている。

首相が国民に語りかけるメッセージ、もうすっかりお馴染みとなった光景。

想像通り、未知のウィルスから、

クック諸島をコロナウィルスから守るためにボーダーコントロールを厳しくするという発表だった。


「クック諸島入国に当たって、すべての人が事前に14日間NZに滞在し、自己隔離する必要がある。

タヒチ、シドニー、ロサンゼルス便のキャンセル。(オークランドからのみアクセスできるようにする)

そして、すべてのクルーズ船の上陸拒否。

人の流れは止めるけれど、物流は止めないから安心するように。

国民皆で団結してこの困難な時期を乗り越えよう」という内容だった。


翌日3月16日。

この日を境に、クック諸島の空気がガラッと変わった。


未知なるコロナウィルスがもう既に島に到達しているかもしれないという緊張感。

ピリピリとした空気を感じるようになったことを覚えている。


もちろん、全てのゲストがノーショー。

この状況では、どの旅行者たちがどのルート&手段を使ってもクック諸島に来ることができなくなっていた。


それまでの、私たちの旅行会社の仕事は、

すでにニュージーランド旅行中のゲストのNZ滞在日数や、

クック諸島から帰国する際のフライトのコネクションの確認をしたりしながらも、

どうにかクック諸島に無事たどり着くことができれば安全&安心、とは思っていた。


それが一変し、

今、クック諸島にいる旅行者たちを何とかして帰国させるすべを探す、と様変わりした。

1日一便、オークランド行きの飛行機の座席を確保するために、

帰国日を早めて帰路を急ぐ観光客の長蛇の列が空港内ニュージーランド航空オフィスに

朝から晩までできていた。


世界の果ての島、ラロトンガ島から欧米に帰るには

通常時でも乗継を重ねる長旅なのに、フライトが次々に減便され、

各国が入国規制をする中、コネクションを探すのは至難の仕事だった。

何とか可能な便を見つけ、予約をしても、翌日にはその便がキャンセルされていた、ということも

驚くことではなかった。


欧米の旅行社のエージェントさんたちも、 地球の反対側を旅行しているお客さんにコンタクトを取ることが難しかったりと、

現在位置の把握、安全確認、緊急帰国の手配など、全世界の旅行社たちはほぼパニック状態であったと思う。


おそらく当面の間、オークランド行きの最終便となると、

噂が広がり、空港内のニュージーランド航空オフィスは

早朝から何とか帰国しようとする旅行者たちの長蛇の列ができていた。

でも、限られた座席の飛行機で、

全ての旅行者が脱出できたはずもなく、多くの旅行者がなすすべも無く、

ラロトンガ島に”無期”の足止めになることとなった。


動揺し怒っている夫婦、

ハネムーンが長くなって嬉しいわとハッピーなカップル、

異国での非常事態にコミュニケーションがうまくできずにフラストレーションを抱えている老夫婦、

困惑しているバックパッカーたち、

最終便が飛び立った後、ラロトンガ空港に残された各国のツーリストたちの気持ちは様々だった。


私たちにできる仕事は、

そんな無期で足止めになり、旅行者たちに週単位の契約で

キッチン付き、スーパーが近いなど、滞在することを考慮した

リーズナブルな宿を探して、提案することだった。


多くの人は遠いクック諸島に来る旅を長年計画し、夢見ていたはず。

それが急に逆転し、クック諸島を離れることができなくなってしまったのです。


3月23日月曜日より、クック諸島の学校は2週間の自宅待機となった。

まだ国内に感染者は確認されていない。

けれど、この数日間の間にニュージーランドから帰国した人たち、

および疑われる症状がある人たちのPCR検査も同時進行して行われた。


クック諸島はCode Yellow警戒体制となり、 国内線運休(高齢者が多く、医療施設も整っていない離島をウィルスから守るため)

村ごとに緊急対策本部&臨時病院がおかれ、村ごとで団結し村のバブルとなり、

人々の不要不急の行き来を控えるように政府が呼びかけた。

仕事は、可能な限り休み、もしくは自宅から。

やむ終えず会社出勤する際は、ソーシャルディスタンスを保つこと。

ステイホーム。

スーパーでは、入場制限が行われるようになった。

人々とのコンタクトを避けるように、ロープが張り巡らされ、一方通行になったりもした。


Be kind, be prepared & be informed


3月24日より、クック諸島入国するにあたっては、

すべての人がNZにてクック諸島政府監視下ホテル内にて、

14日隔離&出発前検査を行わなくてはいけない、とボーダーコントロールを一気に強めた。

(それまでは、NZ内であれば、14日間どこに滞在していても良かった。)


3月25日、ニュージーランド全土がロックダウンとなった。


クック諸島ラロトンガ島が唯一外の世界に繋がっている空の便が断たれることとなり、

私たちは、まさに太平洋の孤島となった。

3月、4月にクック諸島に来る人たちの予約のキャンセル作業を順番に機械的に行う。

ホテルやツアー会社と通常は発生するキャンセル料を免除してもらえないか、という交渉を繰り返し行う。

海外の旅行社への報告をしても返事がない。

旅行者はクック諸島に到着しなかったが、まだ連絡が取れず一体どこにいるのか、

どこの国で足止めとなっているのか、分からないというお客さんが多かった。

皆が予期せぬ突然のことにパニックになりながらも、

できる限りのことを対応していた日々に必死だったことと覚えている。


その3へ続く



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