現在、ラロトンガ島の西側には、島の他の険く高くそびえ立つ山々とは一風様子が異なる
頂上が真っ平らの山があります。
その名はラエマル山 / Raemaru。
とても不自然に思える真っ平らの山頂エリアは
まるで頂上を誰かに切り落とされたようにも見えます。
そんなラエマル山に伝わる伝説です。
むかし、むかし、、、
ラロトンガ島の西側には、とても誇り高い山が立っていました。
その山の名前はマル (Maru) で、島の他のどの山よりも高く、美しい姿でした。
実際、マルは夜明けの日の出を遮り、
島の西側の村、プアイクラの人々に長い睡眠時間を日々もたらしました。
この山は他の村の人々のジェラシーの的で、
皆、マルと同じくらい高くて便利な山が欲しいと思っていました。
マルの名声は海を越えて他の島々にまで及んでいました。
アイツタキ島の人々は、島が平らだったので、
ラロトンガのマルと呼ばれるこの高い山について特に興味を持っていました。
チーフ(首長)のVaeruarangiとTamatoaはある計画を決定しました。
彼らは島の最強の戦士を呼び集め、大きなカヌーを作り、
ラロトンガ島に向かうための準備を始めました。 アイツタキの戦士たちは、力強い神ロンゴに祈りを捧げ、ラロトンガ島に向けて出航しました。
彼らは海の上で一夜を過ごした後、ラロトンガ島とマルの誇り高い山頂を目にしました。
プアイクラ村の人々がぐっすり眠っている間、戦士たちは複雑な入り江を通過し島に上陸しました。 彼らは隠れながら、素早く行動しました。
数時間でマル山を見事に切り離し、続いて海で待機しているカヌーにその山を運び込もうとしました。
彼らのうなり声、掛け声、山を持ち上げる音は、プアイクラ村の人々に何か変わったことが起こっていることを告げました。
彼らが目覚めた、山を切り離すチョッピングの騒音は、スピリチュアルな大地の活動であると人々は想像したのですが、実はアイツタキの人々がマル山を盗もうとしている騒音でした。
プアイクラ村の戦士たちは内陸に行って調査し、
アイツタキ島からの侵入者が彼らの最愛のマル山を運び去る光景を確認しました。
彼らは必死で後を追いかけましたが、
アイツタキア人たちもそれに気が付き更にスピードをあげて逃げました。
マル山の岩の破片を至る所に落としながらも、
彼らはカヌーに辿り着き、プアイクラの戦士たちが追いつく前にマル山と共にカヌーを出発させました。
彼らは懸命にパドルを漕ぎ、日が暮れる前にラロトンガ島が見えなくなる海の遠くまで逃げ切りました。
4日間の過酷な海の旅の後、彼らは無事にアイツタキに到着しました。
疲れ切った彼らは最後の力を振り絞り、アムリ村にマル山を置くと、
山の断片が切れ落ちて丘の姿になりました。
アイツタキ島の人々は、先祖の功績を記念して、
”山の頂上”を意味する”Maunga Pu”とこの丘に名前を付けました。
現在でも、このMaunga Puはアイツタキ島の一番高い場所です。
一方、マル山の頂上が無くなってしまい、日の出の時間が早くなり、
人々の睡眠を妨げるようになるなどプアイクラの人々は暮らしのリズムが一変してしまい混乱しました。
よって、マル山を捜索し、取り戻そうと、戦闘用のカヌーを作り始めました。
しかし、そのカヌーを作っている間に、早起きをすることには利点があることに気がつくようになりました。
例えば、夜明けに起きて海に向かうと、大きくてより良い魚を捕まえることができるようになりました。
プアイクラの人々は、今や頂上が切り取られ、低くなったマル山に慣れて、
取り返すことを諦め、新しい生活に慣れることとして、暮らすことにしました。
おしまい
それでは、美しいラエマル山の映像、お楽しみください。
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